東京高等裁判所 昭和36年(ネ)2852号 判決 1962年10月24日
第一審原告 山木すえ(仮名)
第一審被告 下田啓介(仮名) 外一名
主文
原判決をつぎのとおり変更する。
第一審被告両名は第一審原告に対し連帯して金二〇万円及びこれに対する昭和三二年一一月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第一審原告のその余の請求を棄却する。
第一審被告下田啓介の控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも三分してその一を第一審原告、その余を第一審被告両名の連帯負担とする。
この判決は、第一審原告勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。
事 実<省略>
理由
一、原告と被告新治とが昭和三一年五月一四日結婚式を挙げ、以来同棲したこと、同被告は三人目の妻として原告を迎えたものであること、原告が昭和三二年五月一六日同被告のもとを去つて実家に戻つたことは、当事者間に争いがない。
二、そこで被告らの共同不法行為の成否について考察すると、原判決の認定資料及び当審における原告本人尋問の結果によれば、被告らが原告に対し、つぎのような行為をしたことが認められる。
(一) 被告新治は、原告が三人の妻のうちで一番ずうずうしい旨吹聴して原告を侮辱した。
(二) 被告啓介は、原告が同棲後間もなく妊娠したことをとがめて、「嫁は四、五年後に子供を生むものだ。子供を生みに嫁に来たようなものだ。」と罵り、その妻うらとともに「余り早いから他の男と関係したのだろう。」といい、またうらに対し「子供ができたら誰もみてやるな。」と放言し、被告新治も両親に同調して原告の貞操を疑うような態度をとり、原告を侮辱した。
(三) 被告啓介は、しばしば原告が農作業を怠けるとか下手であるとかいつて罵倒し、原告が仕事のことをたづねても相手にせず、被告新治も原告が妊娠のため体の不調をうつたえても休むことを許さず、昭和三二年四月一四日原告は朝から被告新治と田にいつて仕事をしていたが腹痛が激しく分べんが近づいた模様であつたところ、同被告から「子供は実家で生め」といわれ、帰宅して座敷で寝ていると、被告啓介とうらからも子供は実家にいつて生めといわれたため、約一里の道をひとりで実家に歩いてゆき、家に着くなり倒れ、家人に助けおこされ間もなく分べんしたという状況であつた。
(四) 原告は出産後二七日目にその母につれられて婚家に帰り、母も泊つたところその面前で家内中の者が子供が泣くと「餓鬼めうるさい、たたきたくなる」とか「勉強ができない」とかいつて邪魔物あつかいし、被告両名は原告の母に原告の悪口をいつたりして侮辱した。
(五) 原告は帰宅後三日目から農作業をさせられたが、被告啓介から「草取りの能率が上がらない。それでよくめしが食べられるな。」と罵られ、その日は昼食を食べられない結果になつた。
(六) 被告新治は原告の生んだ子を「自分の子らしくない」といつて冷淡に扱い、家内中誰一人子供の面倒を見てくれないため、原告は子供の世話をひとりですべてしなければならず、同年五月一日頃の夜、子供が泣いたとき、
被告啓介は「うるさい」といつて手を振り上げたり、子供を他の室へ持つていつたりし、うらもうるさがつて子供にふとんをかぶせるなどしたが、被告新治は一向かまわなかつた。
(七) 原告は、子供でもできれば被告の気持も変るであろうという希望を持つて辛抱していたが、事情は一向好転しそうもないので、ついに同年五月一六日被告らに話して、実家に戻つて来たのである。
以上の認定に反する原審における証人下田うらの証言、原審及び当審における被告両名本人尋問の結果は信用できないし、他にこれを動かすに足りる証拠はない。
三、この事実によつてみるに、被告新治は夫として同啓介はその父として、原告に対して何らの愛情も親しみも持つことなく、ただ一家の労働力としての価値しか認めていないのである。被告新治の最初の妻真島たまが原審で、同被告との生活について「夫婦だというのにやさしい言葉一つかけてくれるではなく、ただ朝起きて、ご飯を食べてからもくもくと働き、夜になつて寝るという毎日であつた。」と証言しているが、同被告の原告に対する態度も同様であつたとしか思われない。被告らは原告が後示のように激しい仕事に堪えるだけの体と能力を持つていなかつたことを理由に多くの侮辱を加え、妊娠によつて労働力がさらに低下することを嫌い、はては合理的、客観的根拠もないのに原告の貞操を疑い、産前産後の原告に思いやりなく労働させて虐待し、生れた子まで冷遇し、その母である原告に堪え難い思いをさせたのである。被告ら一家の内で弧立した原告が、このような状況をみてついに被告新治との結婚生活の継続を断念するに至つたのは、まことにやむを得ないところであつて、これは被告らの前記の侮辱、虐待、冷遇が積み重なつて、この事態を生ぜしめたとみるべきである。
四、被告らはこの内縁関係の破棄が原告の責に帰すべきものであるとして、原告の欠点、落度などを多数あげている。原審における証人川野徳次、同木村強、同下田うらの証言、原審及び当審における被告両名本人尋問の結果によれば、原告がかなり激しい労働力を要求されることが多い農家の妻となるにふさわしい丈夫な体を持つておらず、被告らの期待するだけの労働ができなかつたこと、原告が実家に帰つている日数、回数が極めて多く(その内容は正確にはつかめないが、被告らの主張するところに近いものと認められる)、後記のような妊娠、出産、病気という事情を考慮しても、被告らの期待に添おうとする心構えや努力がやや足りなかつたという感があること、昭和三一年一二月一五、六日頃原告の不注意で風呂場の土台が少しこげ、うらから注意された際、及び同年九月末頃大豆ひき作業中被告新治から注意をうけた際、原告の態度が素直でなかつたことが認められ、原審における証人山本清一、同山本かよの証言、原審及び当審における原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用し難い。
しかしながら、原告が被告らの期待する程の体力を持つていなかつたことは原告の落度ということはできないし、成立に争いのない甲第二号証の一、二、同第三号証、乙第一号証、原審における寺山ふみ、同山木かよ、同山木清の証言、原審及び当審における原告本人尋問の結果、当審における被告新治本人尋問の結果を総合すれば、原告が実家に帰つた日のうちには農村の慣例にしたがい、かつ被告新治の了解のもとに帰つたものもかなりあること、原告が前記のとおり妊娠したため、妊娠中の体の不調、分べん及び産後の休養の理由で被告らの了解を得て帰宅していたこと、そのうえ原告は慢性副鼻腔炎、慢性咽頭炎を患い、水戸市の病院で治療を受け、昭和三二年一月一六日間入院して手術を受け、退院後も、被告啓介が全治してから帰るようにといつたので、実家から通院して治療を受けた(出産、治療の費用は原告の実家で負担している)ことが認められ、これらの事情を考慮すると、原告が実家に帰つているため被告方においては一向役に立たない嫁であると感じたではあろうが、原告がことさらに家庭をかえりみなかつたというわけではないのである。そして、被告ら及びその家人が、原告をいたわりなぐさめてやつたならば、原告においてもこれ程実家に帰ることもなく、また努力もしたことであろうと思われるのである。
さらに、原告が被告らの主張のとおり男性と一緒に撮つた写真を持つていたことは、原告の写真であることに争いのない乙第二号証と原審における被告新治本人尋問の結果により認められるが、その写真は男女三名づつが写つており、名所見物の記念写真としか思われないもので、これをもつて原告の貞操を疑う資料とできないことはいうまでもない。
その他被告らが原告に対して攻撃するところについては、原審における証人下田文彦、同下田うらの証言、原審及び当審における被告両名本人尋問の結果中これにそうような部分もあるが、そのまま真実と受け取ることはできず、他にこれを認めるだけの証拠はない。
要するに、原告の側に多少至らない点、不行届な点があつたにしても、被告らの侮辱、虐待、冷遇を正当化し、責任を阻却する理由とならないことは、原判決の判示するとおりである。
五、それゆえ被告新治は前記の行為をして自ら原告との内縁関係を破棄したのであり、被告啓介もまた前記の行為により原告をして被告新治のもとに留まることができないようにして内縁関係の破棄を生ぜしめたのであるから、両者の行為は互いに関連があり、共同不法行為が成立するというべきである。そして原告がこれにより精神的苦痛を被つたことは明らかであるから、被告らは連帯してその損害を賠償する義務がある。
六、そこで慰藉料の額について考えると、成立に争いのない甲第一号証の一、二、同第四、五号証、原審における証人山本清一の証言及び原告本人尋問の結果その他弁論の全趣旨によれば、原被告家双方の資産関係は原告主張のとおりであること、原告は昭和九年生、学歴は中学卒業で初婚であり被告新治は大正一二年生でこれまでにも二度離婚し、原告とは三度目の結婚であること、原告と同被告との間に生れた男子が現在まで引きつづき原告方で養育されていることが認められ、その他前示内縁関係の期間、内縁関係破棄の原因、態様など諸般の事情を考え合せると、その金額は二〇万円が相当である。
七、よつて被告両名は原告に対し連帯して二〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明白な昭和三二年一一月一六日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるので、原告の請求は右の限度において正当であり、その余は失当である。そこで原告の控訴に基づき原判決を右のとおり変更し、被告啓介の控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 二宮節二郎 裁判官 渡辺一雄 裁判官 太田夏生)